【人生を豊かにする体験の仕掛け人 Vol. 3】植物で空間をつくる。独自の世界観がかたちになるまで
2025/12/09 文・Meadow編集部
Yard Works 代表 / ランドスケープデザイナー 天野慶さん
心に残る時間や空間の裏側には、それを紡ぐ人の物語があります。連載「人生を豊かにする体験の仕掛け人」では、感性をかたちにし、私たちの暮らしに新しい体験や価値をもたらしてくれる方々に焦点を当てます。
第3回は、ホテルや飲食店、商業施設などで、植物を主体にした空間設計を行う「Yard Works(ヤードワークス)」代表であり、ランドスケープデザイナーの天野慶さん。直近では、ユニークな飲食店が集まる玉川髙島屋のフードコート「P.」、サブスクリプション型セカンドホーム「SANU 2nd Home」、日本家屋を改修した抹茶カフェ・ギャラリー「LAMBERT」や、世界的建築家が手がける「NOT A HOTEL」など、注目施設の植栽やランドスケープも数多く手がけています。
ここ数年で、植物を取り巻く空気は大きく変わってきたように感じられます。単なる装飾や癒しの存在から、空間の印象を決定づけ、ブランドのアイデンティティそのものを語る要素としても存在感を増しています。そうした植物が持つ力にいち早く目を向けてきた天野さん。モダンとクラシック、ストリートと和の美学、繊細さと力強さ—相反する要素を行き来しながら、独自の風景をつくり続けてきた、その思考の軌跡をたどります。
建築好きの青年が、植物に出会うまで
僕の原点は、植物ではなく「建築」や「空間づくり」にありました。物心ついた頃からこの分野への関心が高く、将来の進路として考えた時期もありました。ですが、専門的に学んできたわけではなかったため、正面からこの世界に飛び込んでも、きちんと学んできた人たちには敵わないだろうと、どこか引け目を感じていました。そうした迷いもあり、建築とはまったく異なる分野である、半導体の会社に就職しました。
それでも、空間づくりへの興味は薄れることなく、一人暮らしを始めると、テーブルや椅子、棚まで自作するように。休日ごとにホームセンターへ通い、図面を引いては木工に没頭する日々を過ごしていました。お金に余裕がなかった分、わずかな素材の切れ端まで活かし方を考え抜くなど、なかなかの緻密な作業をやっていました。
思い返せば、幼少期からダンボールを広げてロボットをつくったり、もともとゼロから何かを生み出すことが好きだったんだと思います。
その約2年後、建築や空間づくりへの思いをどうしても捨てきれず、転職を決意。住宅の外壁やテラスなどを手がけるエクステリア会社へと移りました。ようやくやりがいを持って向き合える仕事に出会えたと、日々を前向きに楽しく過ごしていました。ですが、どれだけかっこいいものをつくっても、どこか心の奥で腑に落ちない感覚が残るようになります。そこで扱っていたのは、石やコンクリートといった“固い素材”ばかりだったのです。
そんなある日、洋書をめくっていると、空間を大胆に彩る、植物の存在に目が留まります。「これだ」と確信しました。そこで、植物についてもっと学びたいと思い、たまたま母が趣味で通っていたガーデニング教室を、半ば勢いに任せて訪ねました。そこで目にしたのは、植物だけで空間が立ち上がっていく光景でした。空間は、固いものでつくられるものだと信じていた僕の価値観が大きく揺さぶられた瞬間でした。衝撃とともに湧き上がった高揚感はいまでもはっきりと覚えています。その世界観に強く心を打たれ、翌日には「ここで働かせてほしい」と自らお願いしました。こうして僕は、植物の世界へと一気に引き込まれていったのです。
当時、僕が知っていた植物といえば、桜、チューリップ、たんぽぽくらい(笑)。ほぼ何も知らないゼロからのスタートでした。
イングリッシュガーデナーの師匠に学んだ、プロの姿勢
その教室は、イギリス人の夫を持つ女性ガーデナーが主宰する、イングリッシュスタイルの庭づくりをベースにした場所でした。そこで僕は、造園の技術だけでなく、ビジネスとして庭をつくるとはどういうことか、その本質を徹底的に叩き込まれました。
美しい庭をつくることは大前提。そのうえで何より求められたのは、仕事への向き合い方でした。クライアントから言われたことをそのまま形にするのではなく、「自ら考え、提案する」という姿勢でした。指示を待つのではなく、必ず一段先のアイデアを添えること。なぜその植栽なのか、なぜその配置なのか、すべてに理由が求められました。
ときには、顔が真っ赤になるまで叱責されることもありました。妥協は一切許されず、中途半端な仕事はその場でやり直し。悔しさと情けなさでいっぱいになりながら、それでも毎日必死に食らいついていきました。振り返ればあの時間は、心が折れそうになる瞬間の連続でもありましたが、同時に、「プロとして仕事をするとはどういうことか」を、理屈ではなく、身体ごと叩き込まれた日々でもありました。
植物の扱い方だけでなく、クライアントとどう向き合い、どう信頼を積み重ね、どう価値を届けるのか。そのすべての原点が、この体験の中にあったように思います。
ヨーロッパ3ヶ月。庭をめぐる自分探しの旅
独立願望があった僕は、30歳を前に4年間お世話になった師匠のもとを離れ、単身ヨーロッパへ。ヨーロッパ中を自由に移動できるユーレイルパスを手に、当時姉が住んでいたフランスを拠点に、公園と美術館をひたすら巡る3ヶ月の旅に出ました。自分の目で見て、肌で感じ、自分のスタイルを見つけるための、いわば“自分探し”の旅でした。
ヨーロッパの公園を訪ね歩くなかで、多くの場所に日本庭園が設けられていることに気づきます。フランス式庭園のようなシンメトリーの美とは対照的に、石と砂利、紅葉がつくる“余白”の世界。そこには、静けさの中に凛とした緊張感をたたえた、どこか神秘的な空気が流れていました。
日本庭園がもつ、あの男らしくも芯のあるかっこよさに、強く心を打たれました。この姿を、何らかのかたちで自分なりに表現できないだろうか。そう考えるうちに、これまで親しんできたストリートカルチャーの感覚と植物の世界が、少しずつ自分の中で重なりはじめていきました。
「植栽」から「空間づくり」へ─Yard Worksがかたちになるまで
帰国後すぐにYard Worksを立ち上げました。最初は、師匠が手がけた庭の手入れや、知人宅のメンテナンスなど、小さな仕事の積み重ねからのスタートでした。植物の魅力にすっかり惹き込まれていた僕は、同時に「植物の面白さ」を伝えるための活動も始めます。
当時つながりのあった、山梨大学の電子音響の先生と組んで開催したイベント「緑音(りょくおん)」。アンビエント音楽が流れる空間の中で、ライブで盆栽をつくるという試みでした。この活動をきっかけに、さまざまなクリエイターとの出会いが生まれ、やがて東京のシーンともつながっていきました。
やがて、先輩たちのイベントを手伝うかたちで、空間装飾として植物の造作を相談していただくようになります。お金にはならない仕事も少なくありませんでしたが、この頃から「ただ植える」から「空間をつくる」仕事へと、少しずつ領域が広がっていきました。現場で手を動かしながら、自分なりのスタイルが徐々に形になっていった時期でもありました。
キラキラした人たちに囲まれ、刺激的で楽しい日々の一方で、可愛がってくれる先輩たちをがっかりさせたくないという思いも強く、プレッシャーの中で必死に向き合っていました。あの頃の経験の一つひとつが、間違いなく、いまの自分の土台になっています。
植物を起点に、体験を設計する
今でも造園の世界には、暗黙の“ルール”がたくさんあります。でも僕は、そのしきたりに従うことをやめました。「よそと同じなら、やる意味がない」。それが、いまも変わらない僕のスタンスです。
誰も組み合わせなかった植物の配置。これまで使われてこなかった樹種。手に入りづらい植物を独自のルートで探し、ひとつの空間として成立させていく。批判されることも覚悟のうえで、常に遊び心を忘れずに、「これまでにない体験価値」を追い続けてきました。
植栽は植えて終わりではなく、その土地と共に育っていくもの。成長し、枯れ、香りを放ち、四季とともに姿を変えていく。ただ並べるのではなく、年間の変化や葉の表情、陽の当たり方、建物との関係性までを読み取りながら、限られたスペースの中で空間を組み立てています。
植物は、その場の印象に大きく影響を及ぼします。扉を開けた瞬間に広がる景色、チェックアウトのときにふと振り返る風景。そうした一瞬一瞬の“記憶に残る場面”を、どう設計するかが大切だと思っています。
見た目の良い植栽はいまやどこにでもあります。だからこそ僕は、「この空間がどう価値を生み、プロジェクトとして成功するか」という視点まで含めて考えています。常にそこを使う人、訪れる人の立場に立って、体験そのものを設計することを心がけています。
植物のその先へ─「空間」をつくるという仕事
これからも植物の魅力を伝えていくことはもちろんですが、この仕事が持つ面白さそのものをもっと世の中に広めていきたいと思っています。最近特に感じるのは、建築を学んできた人がこの業界に入ってきたら、きっと新しい化学反応が起きるはずだということです。
僕の仕事は、「植物を扱う仕事」というよりも、植物を主体とした“空間設計”に近いものだと捉えています。植物はあくまで素材のひとつであって、本質は、空間をどう読み取り、どう組み立てるか。その設計の積み重ねだと思っています。だからこそ、設計者の視点を持った人たちに、この世界にもっと入ってきてほしい。一緒に、この分野をもっと面白い場所にしてもらえたら嬉しいですね。
天野慶さん
2007年、景観・公園巡りのためにヨーロッパ放浪。帰国後Yard Worksを立ち上げ。2012年、山梨県笛吹市に現代的な庭「No Garden, No Life」を作庭。2017年夏、事務所兼コンセプトショップ「THE SOIL by Yard Works」を自宅の庭にオープン。2020年、東京都目黒区に東京事務所設立。独自のデザインによる、植物をメインとしたエクステリア・ガーデンの提案、また外部空間に限らず、店舗の空間、イベントブース、プロダクトデザインの提案も行っている。

