“今っぽさ”はいらない。かたちにしない自由をデザインする複合施設「PIX」。
2025/10/18 文・Meadow編集部
中目黒川沿いにオープンした「PIX」
中目黒川沿いに、またひとつ新しいデスティネーションが誕生した。カフェ、ギャラリー、オフィス、ヘアサロン─。「PIX」は、それらが一体となって共存する場所。高校時代の同級生でもあるフォトグラファーの島津明さんと、インテリアデザイナーの竹田純さん(HYBE DESIGN TEAM代表)のコラボレーションで完成したこの空間には、「型にはまらない」自由が存在した。島津さんにその誕生背景を伺った。
―「PIX」をオープンしたきっかけは?
竹田くんと「シェアオフィスをやろう」と話したことがきっかけです。高校時代は、挨拶を交わす程度の仲でした。卒業後しばらくして、業界の集まりで再会。「お互い、それっぽい仕事をしているじゃん」と意気投合し、今では日本各地を一緒に旅するほどの関係に。
大井町で「COLUMN GALLERY」というギャラリー兼スタジオを一緒に運営していく中で、オフィス移転の話に。せっかくなら、もっと人が交わる場所を作ろうという話からこの複合施設「PIX」が生まれたんです。
元々路面の物件を探していたんですが、なかなか理想のものと巡り会えず。そんな中見つけたこの場所は、2階にあり、静かでノイズも少ない。「ここ、いいかも」と直感で決めました。
借りたはいいものの、オフィスだけでは広すぎる。「で、どうする?」が全てのはじまりでした。
毎日コーヒーを飲むからカフェを作ろう、髪を切りに行くのが面倒だからヘアサロンも併設しよう─。そんな発想の積み重ねで、「PIX」はかたちになっていきました。結果的に、一番メインだったはずのオフィスが狭くなってしまって。竹田くんのチームはデザインサンプルなどもたくさん持っているので、すでに手狭なほど。それでも、話す相手がいる環境はやっぱり楽しいし、自分では買わないような、建築やインテリアにまつわる珍しい本もたくさん並んでいて毎日がちょっとした発見の連続です。
―カフェスペースはどのような空間に?
竹田くんが元々所属していたSUPPOSE DESIGN OFFICEには、社員の食堂と社会の食堂を掛け合わせた「社食堂」という空間があります。「オフィスにそんな場所があったらいいね」と話したのがきっかけです。
とはいえ、僕たちには本格的な飲食店を運営する余裕はなかったので、コーヒーを主軸に、自分たちの手で回せる規模の飲食スペースを作ることにしました。
メニューは、元々面識のあったフードディレクターの浅本充さんにディレクションをお願いし、海外のクラシックなカフェを思わせる構成に。朝8時から夜は23時まで、遅い時間はワインバーとしても楽しめます。ワインは9割がナチュラルワイン。セラーから自分で選ぶ楽しさも味わえます。
TOAST with FERMENTED BUTTER & JAM ¥770
MOZZARELLA & PROSCIUTTO COTTO ¥1,320
朝8時から楽しめるモーニングメニューも。
―オープンからたったの数週間で、多くのSNS投稿を見かけます。
ありがたいことに、こうした反響をいただくのは初めてだったので、純粋に嬉しく思っています。
実は、皆さんが座っている真ん中のスペースは、ギャラリーとして作ったんです。「カフェの席が足りなくなったら使おう」くらいの気持ちで考えていたのですが、ふたを開けてみたら「ここに座りたい」というリクエストがとにかく多くて。予想外の展開でした。
テーブルは、パレットを並べただけの簡素なもの。机を買ってしまうと用途が限られてしまいますが、パレットであれば、椅子にも展示台にもなる。まさかそれがこんな風に喜んでいただけるとは思ってもいませんでした。
とはいえ、本当の勝負はここから。長期的に通っていただくためには、常に新しい仕掛けを考えていく必要があります。フォトグラファーとインテリアデザイナー、それぞれできることは限られていますが、二人だからこそ生み出せる面白さがあると思っています。
ギャラリースペース
大切なのはバランス。流行りや形式にとらわれず、年齢を重ねても飽きずに向き合えるものを作りたい。それが「PIX」の根底にある考え方です。
―コンセプトに掲げているものは?
そもそもここはオフィスとしてスタートしているので、特に明確なコンセプトは設けていません。中央のスペースはギャラリーとして作ったので、プロダクトを際立たせるために自然とモノトーンに仕上がっていきました。一方、カフェエリアには、赤い大理石を取り入れ、温かみのある居心地の良い空間に。
予算も限られていたので、椅子は「COLUMN GALLERY」から、本やガラスのオブジェは自宅から持ち込んだ私物です。この空間を形づくる多くの要素は信頼する仲間たちのもの。そんなクリエイターたちの協力があってこそ、「PIX」は実現しました。関わってくれた皆さんには心から感謝しています。
「PIX」のブランディングは、場所ができてから育っていくものだと思っています。インテリアや空間を通して、お客さん自身がどう感じるか。それがそのままブランドになる。SNSでは「無機質カフェ」という言葉をよく目にしますが、僕たちは“無機質”を意識してつくったわけではありません。言われてみれば確かにというくらいの感覚で、そのギャップが面白いなと思っています。
―カフェの横にはヘアサロンまで。
ヘアサロンは、竹田くんがデザインで関わった岡山のサロンのオーナー白神裕己くんが大阪でお店を出すと聞いて「東京でやらないか?」と声をかけました。6席とコンパクトですが、忙しくなったもう一店舗出せばいい。白神くんは全国でセミナーもしているような実力者。「コーヒーを飲みに来た人が、次は髪を切りに来る」─そんな循環が生まれたら嬉しいですね。
ヘアサロン「PIX HAIR」
そして何より、僕は髪を切りに行くのが面倒で。それが解消されたことが一番の喜びです(笑)。竹田くんはというと、仕事の合間にヘッドスパを受けているのを見かけます。
―今後、実現したいことはありますか?
まずはこのスペースを使って展示をやっていきたいです。自社で作っているオリジナルの器や古物、カトラリー、家具、植物などを中心に。これまでご縁をいただいてきたプロダクトを販売するECの稼働も年始から予定しています。感度の高いセレクトを自分たちらしく発信していきたいです。
僕の本業はフォトグラファーなので、フィジカルでできることには限界があります。人が稼動せずに物事が売れていくシステムはビジネスとしても必要だと思っています。また、中目黒という立地を活かして、訪れる人の感性を刺激するようなデザインイベントも構想中。ゆくゆくは海外でギャラリーを展開するビジョンも持っています。
―「PIX」をどんな風に楽しんで欲しいですか?
この場所の面白さは、それぞれのお客さんが違う目的で訪れること。カフェのお客さんがギャラリーに興味を持ち、ヘアサロンのお客さんがワインを飲みにくる。そんな偶然の重なりが、生まれる場所だと思います。
こういう場所は、今の東京にこそ必要なのかもしれません。スマホの中だけで完結するより、リアルに混ざり合う方がきっと楽しい。そんなことを感じていただきたいです。
その後のインタビューで、フードディレクターの浅本充さんにもお話しを伺うことができた。
―数々の飲食店の立ち上げに関わってきた浅本さんからみて、「PIX」はどんな存在ですか?
いい意味で“今っぽくない”。サステナブルというか、時代に流されない空気がある。最近は“ほっこり系”と呼ばれるお店が多い中で、ここにはいい緊張感があると思います。近年のカフェづくりを見ていると、「お店はこうあるべき」という圧力にとらわれすぎているように感じます。その中で、「今っぽさはいらない」と言い切れる島津さんの姿勢はさすがだなと。
フードメニューには、ヨーロッパで100年以上愛され続けているような定番をいくつか取り入れています。見せ方や構成だけ少しアレンジして、「PIX」らしいバランスに仕上げました。流行りを追うわけではないお店が、結果として若い層に支持されているのはとても興味深いですね。
日中は心地よい光が差し込む

