世界中の旅人を惹きつける「SHIGUCHI」。その背景にあるショウヤ・グリッグ氏の思想とは

2026/09/24 文・Meadow編集部

築150年を超える古民家を移築した空間

北海道・新千歳空港から車で約2時間。ニセコ積丹小樽海岸国定公園の美しい森の中、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山に見守られるように佇む一軒の宿がある。

その名は「SHIGUCHI」。2022年、築150年を超える古民家を移築して誕生した。その独創的な世界観で注目を集め、いまや世界中から人々が訪れるデスティネーションとなっている。

目の前に広がる、ニセコの雄大な自然。


森の静寂に開かれる「SHIGUCHI」の体験

エントランスでゲストを迎えるのは、自然の風化によって錆びた鉄の重厚なゲート。ひとたびくぐれば、「SHIGUCHI」の世界へと引き込まれていく。

その先に現れるのが、レストランやロビーの役割を担うギャラリー併設の「SOMOZA」。宿泊棟が誕生する前からこの地に佇み、「SHIGUCHI」の原点とも言える存在だ。

一歩足を踏み入れれば、目の前に広がる圧巻の佇まいに、長い道のりの疲れさえ忘れてしまう。チェックイン時にはお茶とお菓子が振る舞われ、その先に待つ滞在への期待が膨らんでいく。

ギャラリー併設のレストラン「SOMOZA」

宿泊エリアには、築150年を超える古民家を移築した3つの棟が佇む。「地」「水」「火」「風」「空」と名付けられた5つの空間は、それぞれが独立したデザインと趣を持つ。

各ゲストルームには、北海道にゆかりのある現代アーティストによる陶器や絵画、オーナー自ら集めてきた美術品や工芸品が飾られ、空間ごとに異なる表情を生み出している。

各部屋には源泉掛け流しの露天風呂も備わる。湯に浸かりながら、刻々と移ろうニセコの景色に癒される時間は、ここに滞在する醍醐味のひとつだ。

ゲストルーム「火」

源泉掛け流しの石風呂

この場所を生み出したのが、ショウヤ・グリッグ氏。自らを建築家でもデザイナーでもホテルマンでもないと語るグリッグ氏が、どのようにして「SHIGUCHI」をつくり上げたのか。

その物語は、人生に迷っていた青年時代にはじまる。


迷うことでしか、出会えなかった本当の自分

13歳までイギリスで育ち、その後家族でオーストラリアに移住。しかし、どこに行っても馴染むことができなかったという。

唯一興味を持てたのは、学ぶこと。自分の居場所を見つけられずにいたグリッグ氏は、やがて旅に出る。ヨーロッパ、アメリカ、アジアとさまざまな土地を巡り、その土地に根付く文化や思想に触れていった。なかでも強く惹かれたのが、アジアの哲学だった。

ショウヤ・グリッグ氏

「20代になると、周りは大学に進学したり、良い会社に就職したり、カッコイイ車を買ったり。でも、私は大学にも行かず、お金もない。“この先、自分はどうなっていくのだろう”と、不安を抱えるようになりました。そのとき読んでいた哲学書に『人は深く迷わなければ、本当の自分の感情は掘り起こせない』という言葉がありました。それなら、本当に迷える場所に行ってみようと思ったんです。その答えが日本でした。」

友達もいない、言葉もわからない、外国人の姿もない。携帯電話もなかった時代。自分が本当に迷える場所を考えたとき、「日本しかない」と思ったという。

そう思い立ってから図書館へ通い、日本について調べるなかで手に取った一冊の本。そこに描かれていた日本の自然や雪景色。その本をきっかけに北海道の存在を知り、その地へ向かうことを決意した。


北海道で出会った、自分を表現すること

北海道に渡ってからは、自転車で各地を巡り、自然の中で過ごす時間を重ねた。大雪山国立公園内に位置する然別湖のネイチャーセンターで働いたり、DJをしたりと、さまざまなことに挑戦する日々。その中で出会ったのが、写真だった。

「北海道の自然を撮影していくうちに楽しさを覚え、フォトグラファーとしての活動につながっていきました。」

その活動は、映像制作にも広がり、やがて札幌でデザイン会社を設立。ディレクションをしたり、デザイナーやコピーライターとチームを組んでクリエイティブをつくったり。その延長で、昔から関心のあった空間デザインにも挑戦するようになったという。

そうした日々のなか、ハイキングやスノーボードのために、年に数回訪れていたのがニセコだった。「ここに移り住みたい」と直感的に感じたグリッグ氏は、約3万坪の土地を購入。まだニセコが世界的リゾートと言われるようになるはるか前、海外旅行者の姿もほとんどなかった頃のことだ。

「土地を買った当時はスーパーもなければコンビニもない。周りからは“そんな場所を買ってどうするんだ”と馬鹿にされました。」グリッグ氏は振り返る。

その後、ニセコ生活がスタートし、はじめて手がけた飲食店「雪花」が、のちに「SHIGUCHI」へと続く空間づくりの入り口となった。「雪花」は、ニセコ・比羅夫にあった古いペンションを改装したレストラン&ワインバー。ニセコに少しずつ海外から人が訪れるようになると、「雪花」に立ち寄る人も増えていった。そこで生まれた縁から土地探しや空間づくりの相談を受けるようになり、やがて仕事は別荘やレジデンスなど、ニセコにおける多様な空間づくりへと広がっていった。


第1章「坐忘林」、そして第2章「SHIGUCHI」へ

大きな節目となったのが、自身が購入した土地に2015年に誕生した「坐忘林」だった。北海道の雄大な自然に囲まれた全15室の旅館は、日本建築の美しさと現代的な感性を融合させ、開業後ほどなく国内外から注目を集める存在となった。

共同オーナーとしてつくり上げたその場所では、多くの経験と学びがあったという。そして、そこからさらに自身の内側にある思想や美意識と向き合い、より純粋なかたちで表現した場所。それが、第2章となる「SHIGUCHI」だった。

1〜5名様まで利用できる、247 ㎡の「空」

「SOMOZA」の2階には茶室も

夕食には、北海道の豊かな自然が育んだ食材を使ったコースメニューを楽しめる。

「ここには、テレビもなければルームサービスもありません。でも、便利さや特別なサービスがないからこそ感じられる豊かさがあると思っています。この場所を訪れ、私たちが考えるラグジュアリーのかたちを感じてもらえたらと思っています。

私はかつて映画監督になる夢を描いていたのですが、『SHIGUCHI』は私にとってひとつの作品であり、現実の世界につくり上げた映画のようなもの。この章は、これからも続いていくのです。」

“ギャラリーステイ”を掲げる「SHIGUCHI」。そこにあるのは、ただ泊まるための空間ではない。自然との対話を通して感覚を取り戻していく時間である。


肩書きではなく、自分の中にあるものをかたちにする

決して裕福な家庭で育ったわけではないと話すグリッグ氏。両親は古い家を購入し、内装を自らの手でつくり上げた。その姿を間近で見て育った経験が、現在のものづくりにも大きな影響を与えているという。

「作品づくりは、私にとってセラピーやメディテーションに近いもの。自分の内側にあるものと向き合うための時間なのです」

グリッグ氏が日々作品と向き合うアトリエ

写真、アート、建築、ホテル。さまざまな領域を横断しながらも、グリッグ氏は自らをひとつの肩書きに当てはめることはない。専門分野の境界にとらわれるのではなく、自分の内側にある感覚を信じ、それをかたちにする。その姿勢こそが、彼の創作を貫いている。

「私は建築家でも、デザイナーでも、ビジネスマンでも、ホテルマンでもありません。大切なのは、自分の中にあるストーリーをどう繋いでいくかということ。“前例がないからできない”、“経験がないからできない”と考えるのではなく、自分が描くものをかたちにすることなのです。」

館内では日々作品が入れ替えられ、その配置にも手が加えられる。ひとつの完成形にとどまることなく、今も変化を重ねながら物語を紡ぎ続けているのだ。

アトリエで創作に没頭するグリッグ氏

そしてその創作活動は、すでに第3章へと動き始めている。現在、8万坪の敷地に残る古い湯治場を改装し、ウェルネスリトリートをつくる計画が進められている。長い時を刻んできた湯治の文化が、グリッグ氏の感性によってどのような場所へと生まれ変わるのか。

これから描かれる物語の続きに、期待せずにはいられない。

Photo courtesy of SHIGUCHI


「SHIGUCHI」

北海道虻田郡倶知安町花園78-5
https://shiguchi.com

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